「小中高は公立」から医師になるまで 医学部合格から国試まで道のり
イントロダクション
「医者になるという険しい山を登り切るために、一体どれほどの時間を学びに捧げなければならないのでしょうか。」
確かに、医師という職業に辿り着くまでの道のりは長く、膨大な知識が求められます。しかし、実際にその道を歩んだ医師たちに聞くと、私たちが想像する「ガリ勉」のイメージとは少し異なるようです。
本記事では、公立校出身の現役合格者や浪人を経験した専門医など、背景の異なる3名の医師が、自身の幼少期から国家試験合格までの「学習のリアル」を語り合いました。
【参加医師の自己紹介】
関西の国立医学部卒業、医師歴25年目の呼吸器外科専門医。現在は大学病院に勤務している。小学校は大阪市内の公立校に通い、小学5年から中学受験塾に通塾。
九州の国立医学部卒業、医師歴15年目の感染症内科専門医。現在は市中病院勤務。小・中・高校はすべて地元の公立校に通学し、中学受験は未経験。
中国地方の国立医学部卒業、卒後5年目の放射線診断科専攻医。小・中・高校すべて公立校で、現役で後期入試合格。小3から個人塾に通っていた。
テーマ①小学校のときはどのくらい勉強した?
ーーまずは原点から伺いたいのですが、小学校時代、どのくらい勉強されていたのでしょうか?
では、最初のテーマ「小学校のときはどのくらい勉強したか」についてお伺いします。私は大阪市内の公立小学校に通っていて、小学5年生のときに友人に誘われて中学受験の塾に通い始めました。それまでは学研の問題集をするくらいでしたね。
私も公立小学校でしたが、地域のおばあちゃん達がやっている個人塾に小5から通いました。中学受験はしておらず、学校の勉強に遅れないようにという目的で。勧められたこともありましたが、朝5時起きは無理だと思って断念しました。
確かに朝5時起きはキツいですね。勉強について、ご両親の影響はありましたか?
特に勉強しろとは言われませんでした。両親は高卒ですが、自分は成績も悪くなかったので、特に干渉されることはなかったです。自発的にやっていた感じですね。
それはすごい。私は公立中学に進むのが不安で中学受験を選びました。荒れているという噂があって、校門でカツアゲされるとか…。親は「公立でいい」と思っていたようですが、自分の意思で塾に行きました。
うちの地元もそんな感じでした。中学同士のタイマンとか、カタギじゃない子が普通に同級生にいたりして…。医学部入ってから話をすると「2SDくらいズレてたんだ」と驚かれました(笑)。
ーーあっきー先生はいかがでしたか?
私も公立の小学校に通っていて、中学受験は一般的ではなかったですが、小3から兄の影響で個人塾に通っていました。塾では算数、国語だけでなく百マス計算や百人一首の暗唱もやってました。
百人一首ですか!かなり本格的ですね。
母は短大卒、父は高卒で、勉強について口出しはほとんどなかったです。私は子どものころ体が弱くてよく病院に行ってたので、「助ける側になりたい」と思って医師を志すようになりました。
なるほど。医師になろうと思ったきっかけがはっきりしていたのですね。シトラス先生はいかがですか?
私も幼少期は入退院を繰り返していて、医師は本当に身近な存在でした。父からは「体力仕事はやめておけ」と言われていたのですが、今では「医者も結構動き回るやん」と思ってます(笑)。
皆さん、小学校のときの得意科目は何でしたか?
算数ですね。
得意・不得意は特にありませんでした。全部普通にできていました。
うらやましいです。私は社会が苦手でした…。
ーーここまでのお話から、小学校時代の学び方は、地域や周囲の環境に左右される部分が大きかったように感じられます。
「小学校のときはどのくらい勉強した?」のまとめ
- 都市部と地方では学習スタイルに大きな差があり、都市部では中学受験塾に通う文化が根付く一方、地方では中学受験が一般的でなく、個人塾で学校の補習を中心に学ぶスタイルが多かった。家庭環境よりも地域の教育文化が学習環境に影響していたことがうかがえる。
- 勉強に関しては、家庭からの強制はほとんどなく、兄の影響や自らの意思で学習に取り組む姿勢が共通していた。親の関与よりも自発的な学習が鍵となり、教育格差の一因として地域性を強く感じる声もあった。
- 医師を志すきっかけは、幼少期の病弱な体験や医師との接点といった自分自身の体験にあった。小学校時代に芽生えた憧れが、その後の進路選択に大きな影響を与えていたことが印象的だった。
テーマ② 中学高校時代と、浪人した経験
ーー続いては中学・高校時代のお話に移りたいと思います。学習や生活環境が変化する時期ですが、どのような日々を過ごされていたのでしょうか?
まずは中学生時代からお聞かせください。
それでは、いよいよ中学高校のお話に進めていければと思います。小学校の頃から医師になることを考えていらっしゃったとのことですが、中学に入ると勉強も生活環境もかなり変化したのではないでしょうか?まずは中学3年間を振り返って、全般的なことをお話いただけますか?
中学校も公立でしたが、ヤンチャな子が多くて、たまに授業崩壊も起きていました。僕はバスケ部に所属し、部活動に明け暮れていました。勉強は定期テスト対策が中心で、学校の教科書を使って自己学習をしていました。塾には小学生の頃から通っていて、国語、数学、英語を学びましたが、内容は定期テスト+α程度でした。
授業崩壊の中でモチベーションを維持できていたのはすごいですね。その塾は小中両方に対応していたんですね、先生の守備範囲が広いのですね。
県統一テストで1位を取ったことがあり、ある私立高校から入学金、授業料、予備校費用3年間免除の推薦を提案されましたが、公立高校を選びました。部活を続けたかったことと、進学率の高さから、公立の方が良いと判断しました。
経済的にはもったいない気もしますが、地元の公立高校の方が魅力的だったのですね。ちなみに部活は何をされていたのですか?
バスケ部です。小学1年から大学6年まで続けていました。
それはまさに文武両道ですね。私はというと、小学5〜6年生のときにスパルタ進学塾に通い、私立の中高一貫校に入学しました。宿題・制服・校則がない自由な校風に最初は戸惑いましたが、すぐに慣れました。部活はハンドボールをやっていて、文化祭にも力を入れていました。ただ、やはり中高一貫校にありがちな中弛みはありました。英語が好きで、自分で参考書を買って先取り学習をしていました。
私は地元の公立中学で、1クラス30人の4クラス構成でした。成績は体育や音楽などを除いて、すべての教科でトップでした。高校受験では、内申点で合格がほぼ確定していたので、そこまで緊張感はなかったですね。ただ、当時の受験制度の影響で、1番人気校の倍率が逆に低くなり、結果的にそちらに合格する人も出ました。
公立中学でも成績トップだったのですね。公立中学の同級生で、医師になった方はいらっしゃいましたか?
いませんでしたね。高校からも自分以外に医師になった人はいませんでした。今振り返ると、もっと外の世界にチャレンジしてもよかったのかもしれません。その反動で、今は世界を飛び回っています。
私の中学から医師になったのは2人です。1人は公立に落ちて私立に行き、3浪して国立医学部に入りました。
ーー高校入試と大学受験の準備、そして浪人経験についても教えてください。
高校入試と大学受験の準備、そして浪人経験について教えてください。
高校受験はほぼ対策不要でした。高校では定期テスト対策がメインで、部活引退後の高3夏から本格的に大学受験対策を始めました。塾では苦手な数学を学び、最終的に地元の医学部に現役合格。本音は浪人してみたかったです。
高校受験は楽でした。高校ではライバルが増え、大学受験は全国が相手で大変でしたね。公立高校の医学部受験対策に物足りなさを感じ、個人塾へ。高3夏に志望校を決め、高校の先生のサポートで推薦入試に現役合格しました。貧乏だったので、浪人は一浪までと釘を刺されていましたね。
私は中高一貫校で高校の内容を早く終えましたが、理科社会は遅めでした。高1から鉄緑会に通い、勉強の刺激を受けましたが、高校の先生からのサポートは少なかったです。私は結局一浪して医学部に入りました。二浪が怖くて、滑り止めに法学部も受けました。
ーー中学・高校時代のお話もまとめてみましょう。
「中学高校時代と、浪人した経験」のまとめ
- 全員が中学時代から学力上位を維持し、自主学習を中心に学びを進めていた。塾は必要に応じて活用し、定期テスト対策や苦手科目の克服に利用することで、学びの積み重ねを確実にしていた。
- 中学・高校ともに公立校出身者が多く、自由な校風や地域性の強い指導方針のもとで学んでいた。医学部志望に対する進学指導が十分でない環境でも、個人塾の活用や自己判断によって進路を切り拓いていた。
- 医師を志す動機は幼少期から形成されており、自らの価値観や目標に基づいた進路選択の決断が際立っていた。高い主体性と将来への覚悟が学びや進路の選択に強く反映されていた。
テーマ③ 医学部ではどんな勉強をした?
ーーここからは、いよいよ医学部時代の勉強について伺います。高校までとは勉強の内容やスタイルはどのように変化しましたか?
中学・高校と比べて、医学部の勉強は内容もスタイルも大きく変わったと思います。国家試験対策を別として、基礎系科目と臨床系科目の学び方について教えていただけますか?
基本的には暗記中心でした。高校時代より勉強は楽に感じましたね。普段は部活週6〜7日、バイトもしていて、テスト前に過去問を解いて集中して勉強するスタイルでした。生化学だけは難易度が高く、レジュメを丸暗記して挑みました。
自分も基本は暗記中心でした。授業には真面目に出ていましたね。地方出身で家庭の事情もあり、留年や国試浪人は絶対に避けたいという思いが強く、ひたすら覚える日々でした。
ーー基礎科目と臨床科目で、勉強法は変わりましたか?また、CBT対策についても教えていただけますか?
基礎科目と臨床科目で、勉強法は変わりましたか?また、CBT対策についても教えていただけますか?
勉強スタイルは特に変えず、やはり過去問中心でした。CBT対策ではQBを2〜3周まわしましたし、medu4の国試対策講座も早めに受講していました。基礎医学はコスパが悪いと感じ、深追いしませんでした。
私の時代にはCBTはなかったので、5回生からUSMLEの勉強を始めて、そこで初めて基礎医学の重要性に気づきました。最初は全くモチベーションが上がらなかったですね。
CBTは自分が学生の頃はトライアル世代でした。今の正式な形式とは違っていたと思います。
では、臨床実習についても伺いたいと思います。取り組み方や印象的だったエピソードがあれば教えてください。
基本的にすべての診療科で真面目に取り組みました。お産に立ち会えた時は非常に感動して、それ以来しばらくは産婦人科志望でした。ただ、長時間の解説なし手術は辛かったです。
自分も丁寧に話を聞いたり、カルテ記載をきちんとするよう心がけていました。印象的だったのは、教授回診が全くなかったこと。地方らしい実習スタイルだと思いました。
ーー総合診療科での実習についてはどうでしたか?
総合診療科での実習についてはどうでしたか?
総合診療科での実習は、walk-inで来た患者さんの問診・身体診察を行い、医師にプレゼンして鑑別を考えるという形式で、非常に実践的でした。医師側は大変だったと思いますが、学生には最適な環境でした。
それは理想的な実習スタイルですね。一方で、外科の実習はどうでしたか?
睡魔と空腹との闘いでした(笑)。学生は手術室のさらに外にいて、視野すら見えないことも多く、「これは仕方ないな」と感じていました。
私の大学には白い巨塔のような教授回診がありました。学生から10年目の医師まで一緒に階段を駆け上がっていたのが印象に残っています。
ーー患者さんとの関わりに関しても伺いたいです。指導医と一緒に挨拶に行く文化はありましたか?
患者との関わりに関しても伺いたいです。指導医と一緒に挨拶に行く文化はありましたか?
指導医から「一緒に行こう」と声をかけてもらうことが多かったです。患者さんも快く協力してくれて、ありがたかったですね。
今の学生では、担当患者と会話すらしていないケースも見られます。せっかくの実習が、ただの見学で終わってしまっているのはもったいないですね。
今の学生は義務化しないと動かないかもしれません。毎日顔を出してカルテを書くのを必須にしないと。
最後に、全ての診療科を回りましたか?また、実習期間は科ごとに均一でしたか?
全て回りました。診療科によって期間に差がありましたが、形成外科や口腔外科などは比較的短めでした。
ーーありがとうございます。ここでは、医学部での学びを振り返っていただきました。
「医学部ではどんな勉強をした?」のまとめ
- 医学部の学びは暗記中心であるものの、過去問演習や要点の取捨選択を通じて、基礎・臨床ともに効率的に学ぶ姿勢が求められていた。特に生化学など難度の高い科目では、重点的な対策が必要とされていた。
- 臨床実習では、単なる見学にとどまらず、問診や身体診察、プレゼンテーションといった能動的な関与が不可欠であり、患者と対話し自ら動くことが学びにつながると強調された。
- また、教授回診の有無や指導医からの声かけ、診療科ごとの実習内容や期間の差など、実習環境や指導体制の違いが学生の学習成果に直結しており、教育現場では学生が主体的に動きやすい仕組みづくりが課題とされていた。
テーマ④ 医師国家試験の勉強
ーー最後に、医師国家試験について伺いたいと思います。先生方はいつ頃から、どのように準備されていたのでしょうか?
それでは第4部「医師国家試験の勉強」に移ります。お二人は、いつ頃から勉強を始め、どのようなスタイルでしたか
4年の前期から予備校の映像授業を始めました。CBT前にメジャー科を終えたことで、ポリクリ中も楽でした。6年にはQBも一通り終えていたので、気持ちに余裕がありました。
私は5年から始めて、本格的には6年から。QBや過去問、評判の良い講座や模試も利用しました。独学と友人との勉強会が中心でした。最近は高額な予備校に通う学生も増えているようですね。
国試の平均点も上がっており、現役合格率は90%ですが、一度落ちると50%ほどに下がるため、一発合格を目指すのは自然だと思います。
私の周囲では通学型の予備校は少なかったです。地方の影響もあるかもしれませんが、映像授業の受講者は多かったです。
最近の流れかもしれませんね。
自治医大では試験会場に指定されていて、精神科医が帯同するなど万全の体制だと聞きました。私のときもバスで会場へ移動し、ちょっとした遠足のようでした。3日間試験だったので、緊張で眠れなかった記憶があります。
私はホテルで友人と軽く勉強して、ジムで筋トレして寝ました。エニタイムフィットネスに入っていたので、どこでも使えて便利でした。
筋トレ、万能ですね。エニタイムの全国利用は強みですね。
私の勤務先でも、予備校通いの学生は少なかった印象です。ちなみに予備校とはメックのことでしょうか?
ここまでしっかり準備されたお二人ですが、「こうしておけば良かった」と思う点や後輩への助言はありますか?
メックかテコムだったと思います。最近は医学部進学塾のようなビジネスもあります(参考1)。国試は暗記よりも実践的問題が増えているので、臨床実習を真剣に取り組み、「自分が医師ならどうするか」を意識することが重要です。
予備校から国試問題作成の依頼を受けることがありますが、やはり臨床的な内容が求められます。
私も模試作成をしていますが、実習経験の有無で解けるかどうかが分かれますね。
私はテコムでしたが、今はエムスリーエデュケーションに買収されて運営されています。先生はどちらに関わられていますか?
メックと、買収後のテコム両方に関わっています。ただ、テコムでは看護師模試が中心です。
掛け持ちとはすごいですね。看護師模試はレベル設定も大変そうです。
規模は大きいですが、報酬はあまり高くないのでおすすめとは言えません。
さて、不合格になってしまった学生の傾向や原因について、何か印象に残っていることはありますか?
留年経験者の合格率は明らかに低かったです。日々の積み重ねが重要だと感じました。
同感です。不勉強や留年の学生はリスクが高いです。ただ、真面目で優秀な学生でも落ちるケースがあり、不思議に感じました。本番に弱かったのかもしれません。
私の学年でも数人いました。プレッシャーでメンタルを崩してしまった印象です。
メンタルサポート体制は大学にありましたか?自治医大では安定剤などの処方もされていたようです。
特別なサポートはありませんでしたが、自習室をグループで使えたのが支えになりました。
先生方は3日間国試の世代ですか?
私は2日間の世代です。
私も2日間世代ですね。「なぜ落ちたのかわからない」学生は確かにいて、本当は聞き取りたいところですが、難しいですね。
3日間試験の頃は、2日目で諦めて3日目に来ない学生がいたと聞いたことがあります。2日間ではほとんど聞きませんでした。
ーー国家試験に向けた準備の進め方や、その時々の工夫についてお話しいただきました。ポイントを整理してみましょう
「医師国家試験の勉強」のまとめ
- 国家試験対策は、4~5年生から予備校の映像講義やQBを用いた学習を始め、6年生で総仕上げを行う流れが一般的である。通学型予備校よりも、映像授業や独学と勉強会を組み合わせた学習スタイルが主流となっていた。
- 臨床実習では、近年の国家試験が実践的内容を重視していることから、主体的な取り組みが不可欠であり、「自分が医師ならどう判断するか」という視点で学ぶことが合否を分ける重要な要素となっていた。
- 不合格者には、留年や学習不足が影響する場合がある一方、真面目な学生でも本番で落ちる例があり、メンタル不調が原因とされることもあった。そのため、大学側のサポート体制の整備が重要であることが示されていた。
ーーここまで、小学校から国家試験までの学びを時系列で振り返ってきました。最後に、座談会全体を整理してみたいと思います。
座談会全体のまとめ
参加者3名はいずれも中学受験や進学校出身ではなかったが、自発的な学習や周囲の影響を通じて着実に学力を伸ばしていた。塾や予備校も必要に応じて活用し、家庭環境よりも自ら学ぶ意志が進路選択を支えていた。
医師志望のきっかけは幼少期の体験にあり、早期から将来の価値観に基づいた進路決断を行っていた。この職業観が困難を乗り越える力となっていた。
大学では、効率的な過去問学習と臨床実習での主体的関与が学習成果や国家試験の合否に直結し、単なる暗記ではなく実践的判断力が求められていた。
参考文献
『医学生・医学部受験生向け講座』(MEDICINe) https://m-e-dicine.com/medical-school-promotion-exam-course/
監修
Dr白浜
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